デフレの謎   ---日本はなぜデフレが起きたのか?---

はじめに

デフレとは

デフレとは、物価が持続的に下落している経済状態を言います。物価が持続的に上昇している場合は、インフレです。通常はインフレとなるのが普通です。先進国で、デフレとなっているのは日本だけです。物価は、通常、消費者物価指数で表します。

消費者物価指数とは

世の中には、食料品、衣類、不動産、娯楽、医療、教育など様々な財・サービスが提供されています。それらには値段が設定されており、価格は時間とともに上がったり下がったりします。一つ一つは上がるものもあれば下がるものもありますが、消費者の目線で見て全体的な動きを捉えたものが、消費者物価指数です。総務省の定義によると、

指数の種類

価格調査の項目としては、総合指数、総合(食料及びエネルギーを除く)があり、価格動向を見るには、総合(食料及びエネルギーを除く)が適しています。なぜなら、食料とエネルギーは価格の変動が激しく、それを含めた指数は上下動が大きく、経済全体のトレンドを読むには、それらを除いて計算された指数を使う方が適しているからです。

計算方法

それぞれの品目の価格動向を調査したあと、品目の価格変化にウエイト付けをして加算します。ウエイト付けは、消費者が各品目に対してどれくらいの量を消費しているかで計算されます。消費支出の中で食料品の支出がたの品目より多ければ食料品のウエイトが高くなり、指数へのインパクトも大きくなります。

その他の物価指数

消費者物価指数と同様なものにGDPデフレータがあります。これは、名目GDPと実質GDPの比で計算し、国内生産物の価格変化を意味します。消費者物価指数が国内で販売される最終製品(輸入品を含む)の価格動向を表すのに対して、GDPデフレータは国内生産品の価格動向を表します。

もうひとつは、生産者価格指数です。これは、消費者が直接購入する品目ではなく、企業間で取り引きされる品目(原材料、素材)の価格動向を指数化したものです。原材料、素材の価格はやがて消費者への製品の販売価格にも影響するので、消費者物価指数の先行指標ともなります。

消費者物価指数の動き

指数

指数は2006年の物価を100として、指数化します。下図は、総合指数とコア指数の推移です。コア指数の方が総合指数より変動がゆるやかです。過去40年間で見てみると、90年までは大きく上昇し、その後特に98年以降は少しですが下落しています。コア指数については、98年以降、ずっと下落が続いています。98年までがインフレ時代、98年以降がデフレ時代といえます。

graph消費者物価指数の推移

対前年同月比

価格の変化は、対前年同月比で見ると分かりやすくなります。一般に物価動向といえば、この数字を指します。一般に、0~3%であれば低インフレ、3%以上であれば高インフレ、マイナスの値であればデフレです。対前年費では、80年代初頭は8%台でしたが、その後急低下し、83年以降は上下動しながらも、下降トレンドとなっています。98年以降はマイナスの領域にありました。

graph消費者物価指数の対前年同月比

日米を比較する

物価の動向は、経済状態、その国の金融政策、輸出入の構造等によって異なります。物価指数は一般に、財・サービス価格の動きの加重平均で計算します。国ごとに、食料品、衣類、耐久消費財、娯楽、不動産、医療の割合が異なるため、それぞれの品目の価格動向が国ごとに異ならなくても、加重平均した結果は異なってきます。このため、外国と比較してみると、日本の状況がわかりやすくなります。外国の代表例として米国と比較してみましょう。

米国の指数

米国では、日本と異なり消費者物価指数は上昇し続けています。ただし上昇の程度は、83年までが急上昇でしたが、その後は緩やかな上昇となっています。98年以降ずっと下落が続く日本とは好対照です。80年代初頭は14%台と高インフレでしたが、その後急低下し、83年には5%以下まで低下しました。それ以降は上下動しながらも、ゆるやかな下降トレンドとなっており、インフレが抑えられています。現在は2~3%台です。

graph米国の消費者物価指数の推移
graph米国の消費者物価指数の対前年同月比

比較分析

インフレ率の絶対水準は異なりますが、インフレ率の変化のトレンドは、日米とも類似した動きとなっています。この20年間、デフレ圧力がかかっているのは、日本だけではなく米国でも同様といえます。80年代初頭、米国が14%台だったのに対して日本が8%台だったために、その後同様にインフレ率が低下しても、米国がプラス領域にとどまっているのに対して日本はマイナス領域に入り込んだといえます。

項目別消費者物価指数

消費者物価指数は財・サービス価格の全体の動きを表します。どの品目が消費者物価指数を押し上げ又は押し下げているのか、特にデフレ時代となっている98年以降はどうかを見てみましょう。

日本指数

下図は項目別の指数の動向を示します。93年まではどの項目も上昇していましたが、93年以降、家具家事用品、教養娯楽が下落に転じています。それ以外でも93年以降は上昇が弱まり、98年以降になると、保険医療と教育を除いて横ばいとなっています。98年以降のデフレ時代では、特に家具家事用品と教養娯楽の低下が大きく、この2つがデフレの主原因といえそうです。

graph項目別消費者物価指数

米国指数

米国ではどうでしょうか。下図を見ると、92年からアパレルが低下傾向にあるのを除いて、それ以外はずっと上昇しています。日本がデフレ時代の98年以降であってもそうです。特に医療は一貫して大きく上昇しています。90年代以降は横ばい又は下落傾向にある日本とは大きく異なります。

graph米国の項目別消費者物価指数

日本指数を細かく

日本の場合、家具家事用品と教養娯楽の低下が大きいですが、家具家事用品と教養娯楽の中で、何が大きく低下しているのか、更に細かく見てみましょう。下図を見れば、80年以降大きく下落しているのは、家庭用耐久財と教養娯楽用耐久財です。いわゆる家庭用電化製品です。電化製品は技術革新が激しく、また普及によって大量生産が可能となり価格は下落しやすくなります。物価の計算では、同じ性能の商品の価格動向を比較しますので、技術革新があり性能が向上すると価格が下落したとみなされます。このため、技術革新の激しい電化製品では、実際の市場価格が下落しなくても、性能が向上すれば計算上、価格が常に下落していくことになります。

graph項目別消費者物価指数

日本指数を更に細かく

家庭用耐久財と教養娯楽用耐久財について、いったい何が下がっているのかについて、更に細かく調べてみました。家庭用耐久財と教養娯楽用耐久財については、ほとんどの品目が大きく下落しています。この傾向はデフレ時代である98年以前からありました。それではなぜ、98年からデフレとなったのでしょうか。ここで注目するのは、パソコンです。パソコンは00年から指数の計算に組み込まれました。パソコン価格の下落率は他の品目以上に最も急です。98年がインフレからデフレの転換点となり、それ以降デフレが進んでいるのには、パソコンの指数への組み込み及び価格低下が原因となっている可能性があります。

デジタル機器の「価格」は、他の品目と比べてもとりわけ価格低下が激しく、またデジタル機器の普及により、消費者の支出に占める割合も年々大きくなり、消費者物価指数を大きく下押しする原動力となっています。

graph細目別消費者物価指数

家計の消費動向

消費支出と消費性向

雇用者報酬は80~90年代と増加しましたが、98年にピークをつけ、その後は減少傾向です。家計の可処分所得は、98年まで上昇、98年以降下落してきています。家計の消費支出も、可処分所得と連動するように98年以降減少してきています。つまり、所得も消費も80年台90年台と上昇してきましたが、98年を境に減少してきているのです。デフレに転じたのは98年、よって、消費の低下がデフレと関係している可能性があります。

graph雇用者報酬
graph消費支出と消費性向

項目別消費支出

家計消費は、時代とともに変化しています。最も支出割合の高いものは食料品ですが、92年をピークに、その後は減少しています。被服及び履物、家具家事用品も、92年をピークに減少傾向です。その一方で、交通通信と医療は年々増加しています。それ以外の項目は、98年ごろをピークに横ばい傾向です。

graph項目別消費支出
graph項目別消費支出の割合

米国可処分所得、項目別消費支出

米国ではどうでしょうか。可処分所得は、08年のリーマンショック前までは一貫して上昇しています。消費支出も、08年まではずっと増加しています。全体の消費支出も項目別消費支出も03年から07年にかけては大きく上昇しました。つまり米国は日本と違って、08年のリーマンショック前までは、所得も消費も一貫して上昇してきたのです。長期的に見てインフレは80年代と比べ緩やかになりましたが、それでもデフレとはなっていません。項目別消費支出は、日本の場合とは異なっています。米国では、日本と比べ食料品への支出が低く、医療と不動産への支出が高くなっています。

graph米国の可処分所得、項目別消費支出
graph米国の項目別消費支出の割合

消費者物価指数への寄与度

消費者物価指数は、各種商品の価格変化をその商品の消費規模に応じてウエイト付けし加重平均した合成指標です。よって、消費規模の大きい商品の価格変化が、消費規模の小さい商品より消費者物価指数に影響します。影響度合いを測るのに、寄与度=物価の変化×消費規模を計算します。消費者物価指数を構成する品目ごとに消費者物価指数への寄与度を計算し、何が消費者物価指数を変化させたか、特に98年以降、何がデフレをもたらしたのかを見ることにします。寄与度の計算は、各品目の価格変化に家計の諸費支出の割合を乗じ、それぞれの品目の物価指数の変化に与える大きさを計算します。

項目別寄与度

70年代はどの項目も消費者物価指数に対してプラス寄与、つまり押し上げ要因となっていましたが、年々低下し、80年代はぎりぎりプラス圏、90年代にはいるとマイナス圏に入る項目も現れました。デフレ時代である98年以降に注目すると、98年以降一貫してマイナス寄与度が高いのが、家具家事用品と教養娯楽です。この2つが消費者物価指数を押し下げていると言えます。

graph消費者物価指数に対する項目別寄与度

消費者物価指数低下の原因

寄与度でみた場合、消費者物価指数を押し下げているのは家具家事用品と教養娯楽です。家具家事用品と教養娯楽で何が下がっているかは、以前見たとおり耐久消費財が一番に挙げられます。中でもパソコンは価格下落が激しいものとなっています。パソコンは、耐久消費財のなかでも液晶テレビ、携帯電話と並んで消費規模の大きいものです。98年以降のデフレは、パソコンの消費者物価指数への組み入れと、価格下落の大きさ及び消費規模の大きさからくる消費者物価指数への押し下げ効果が大きかったものと思われます。

デフレは円高が原因?

デフレの原因として近年の円高が取り上げられています。ドルに対して円高となれば、ドル建てでの決済が多い輸出入において、輸入品の価格低下をもたらします。輸入は、最終製品だけでなく原材料やエネルギーも多く、これらの価格の低下は、最終製品にも波及します。また、円高による輸出競争力の低下がもたらす円高不況もデフレの一因とも言われます。これを検証してみよう。

ドル円レートと消費者物価指数

ドル円レートは、80年代から90年代にかけて大きく円高に動きました。だが、デフレ時代である98年以降に注目すると、ずっと円高が続いたわけではなく、07年までは円高円安を繰り返していました。よって、ドル円レートと消費者物価指数は連動して動いていたわけではありません。最も急激に円高が進んだ80年代後半から90年代前半は、デフレには陥っていません。

graphドル円レートと消費者物価指数

実効為替レートと輸出入物価指数

円の価値を名目実効為替レートで見てみると、85年までは上昇してきているが、その後は上昇下降を繰り返し、必ずしも円高一方向というわけではないことが分かります。

graph実効為替レートと輸出入物価指数

輸出入物価指数と消費者物価指数

輸入物価指数は、80年台後半から90年台前半にかけて大きく下落しましたが、95年以降は横ばい、03年~07年は大きく上昇しました。一方輸出物価指数は、ずっと減少してきており、日本の輸出産品が工業製品が中心であることを考えると、生産コストが年々低下していることを表しています。デフレ時代の98年以降を細かく見ると、物価指数の前年比では、消費者物価指数がマイナス圏であるのに対して輸入物価指数はプラス圏にあります。輸入品の大部分は工業原料・エネルギーであり最終消費財ではないが、輸入品が価格下落を先導しているとは言えません。

graph輸出入物価指数と消費者物価指数

円高が原因とは言えない

円高がデフレの原因となっているかについては、円高によって、輸入品の最終製品の価格が低下すること、又は輸入品との競争のため国産品の価格低下がもたらせられること、更に輸入原材料エネルギー価格の下落による生産コスト改善が製品価格の下落に繋がること等の仮説が考えられます。しかし、統計が示すことは、そもそも95年以降は一方的な円高とはなっていません。輸入品の価格指数(円建て)は、国際消費価格(ドル建て)の横ばいないしは上昇に連動して動き、為替の変化より商品価格の変動の方が大きいため、円高の効果は現れないものとなっています。輸入品はむしろ価格上昇しており、為替がデフレの原因とは言えません。

おわりに

消費者物価指数を押し下げているのは耐久消費財が一番に挙げられます。中でもパソコンは、耐久消費財のなかでも液晶テレビや携帯電話と並んで消費規模が大きく、98年以降のデフレは、パソコンの消費者物価指数への組み入れと、価格下落の大きさ及び消費規模の大きさからくる消費者物価指数への押し下げ効果が大きかったと思われます。なお、為替の変化(円高)は、デフレの原因とは言えません。